競技(競争)志向をやめる

競技(競争)志向をやめる


はじめは競技のために始めたわけじゃないことでも、継続するうちに競技志向になっていくことがある。


たとえばスポーツ。
健康のために運動を始めたものの、やってるうちに大会に出たくなり、そのうち大会で成果を残したくなる。
この傾向はいたるところにある。
プログラミングでも、ゲームでも。


競技志向で得られるものもあれば、失うものもある。
勝利の喜びや栄誉は競技でしか得られないかもしれない。
失うものとしては、楽しさだったり健康だったり、勝利以外の全てを失うリスクがある。


たとえばスポーツの例だと、健康のためのスポーツと勝つためのスポーツは別物だ。
勝つためには体を酷使したり、ハードな練習が必要になる。
健康のために始めたのに、体を壊すことにもなりかねない。


ボディメイクなんかはこの最たるものだ。
ボディビルやフィジークなどのボディメイクで上を目指そうと思うなら、関節を酷使することになるし、不健康なまでの減量を行う必要がある。
大会のために日焼けで肌にダメージを与える必要もある。
更にいうと、ボディメイクの最高峰はドーピング有りの世界だ。
筋トレを始めた頃には、誰しもこんな不健康な世界にどっぷり浸かりたいわけではなかったと思う。

 


仕事なんかも似たような現象かもしれない。
はじめは飯が食えるだけのお金と、ある程度の自由と、良好な人間関係があればそれで良かった。
それがいつの間にか、年収だったりブランド力のある会社だったり、将来性のあるキャリアを求めるようになって、本来欲しかったものから遠ざかってしまう。


競技志向をやめて、自分の望む優先順位でやれば、自分の望むものが手に入る。
健康でも、楽しさでも。
大切なのは、他人の基準の満足ではなく、自分で満足できることなのだ。