テレンス・クロフォードvsダビド・アバネシアン

vsスペンスとのウェルター級最強を決める試合が決まったと思ったら交渉決裂したのか、しれっと行われたアバネシアン戦。

 

この試合はクロフォードの戦略の幅を更に見せつけた試合になった。

アバネシアンは特筆すべき武器はあまりないものの、バランス良く能力を備えているオールラウンダータイプだと思っている。

強いて言うならコンビネーションが上手い。

この試合も前半は非常に頑張っていて、クロフォードに対してうまく立ち回っていた。

クロフォードはいつも通り中間距離から遠距離の探り合いをするものの、アバネシアンがやや有利に試合を進めていた。

脚を使ってアウトボクシングするクロフォードに対して、ガードを高く上げてプレッシャーをかけつつ、奥足ごと前に突っ込む変則的な右をコツコツと当てる。

スイッチヒッターのクロフォードに対してアバネシアンもスイッチで対応し、これがうまくハマる。

クロフォードほどキレイではないものの、奥足ごと踏み込んで打つ近場のパンチが有効。

クロフォードもジャブやボディで距離を取ろうとするものの、強引に体ごと距離を詰めるアバネシアンの方が距離を支配できていた。

 

3Rくらいまではアバネシアンがイケるんじゃないかと思っていたものの、クロフォードが4Rからギアを上げてショートレンジでの打ち合いに応じる。

徐々にL字ガードの超接近戦を仕掛けて6RにフックでアバネシアンをKO。

 

クロフォードの底の深さを垣間見た試合だった。

これまでのクロフォードはアウトボクシング中心で、近距離は苦手なボクサーだと思っていた。

それが近距離での打ち合いに応じてジェームズ・トニーばりのインサイドワークを見せてくれた。

これはかなり意外だった。

 

クロフォードの試合は見れば見るほど分からなくなる。

今回のKOも、そのタイミングでそんな見事にKOできるのか、という鮮烈なKO劇だった。

 

vsスペンスを考えたとき、スペンスが接近戦に持ち込むか、クロフォードが遠距離を保てるかという試合になると思っていたが、ここにきて試合が分からなくなった。

クロフォードは遠い距離でも中間距離でも近距離でも戦える。

クロフォードの近距離戦がスペンスに通用するレベルなのかは分からない。

でも、少なくとも近距離戦に持ち込めばスペンスが一方的に有利とも言えないほど、クロフォードの接近戦は洗練されていた。

もしかしたら超接近戦でバチバチの打ち合いが見られるかもしれない。

 

完成度ならクロフォードの方が高いけど、直接対決で強いのはスペンスだと思っていた。

でも、クロフォードの底知れなさは近年のボクシングで傑出している。

ボクシングへの理解度と取りうる戦略の幅というのが、ぼくの見てきた中でも群を抜いている。

近年最も大きなビッグマッチはメイウェザーvsパッキャオだと思うのだけど、クロフォードvsスペンスが決まるのなら、それを遥かに超える、本当の意味での世紀の試合になるだろう。

メイウェザーvsパッキャオではメイウェザーもパッキャオもピークアウトしていた印象が否めなかったが、クロフォードは今が最も強く、スペンスも未だにそこを見せない屈強さを見せつけている。

 

追記:

テレンス・クロフォードの強みは何かと考えたときに、思い浮かぶのが性格の悪さ。

ボクシングの技術は勿論高いんだけど、相手が一番嫌がることを選択する嗅覚がずば抜けて鋭い。

バーナード・ホプキンスと並ぶボクシング史上最も性格の悪いボクサーだと思う。

 

クロフォードは対応力の高いボクサーだと言われるが、メイウェザーやウォードのような対応力とはまた違う種類に思える。

メイウェザーは相手の距離とスピードとタイミングを読むのが抜群に上手かった。

クロフォードに関しては、メイウェザーほどのスピードとタイミングを読む能力はない。

けれど、相手の嫌がるスタイルを選択するのがすば抜けて上手い。

 

アバネシアン戦を例に出すと、最初はオーソドックスでアウトボクシングをする。

そこでいまいち手応えがなかったのか、サウスポーでのアウトボクシングに切り替える。

それでもアバネシアンのガチャガチャスイッチが煩い。

そこでインファイトに切り替える。

インファイトと言いつつも、ふ突き放しとロングのジャブやストレート、ボディを含めたやや遠い距離での打ち合いを選択。

遠い距離だと明確なダメージはないものの、被弾の差がややアバネシアン有利だったが、打ち合いではパワーレスなアバネシアンをパワーと手数で上回れることを確認。

そこから更にL字カードに切り替えて距離を詰めてハイテンポな超接近戦で圧倒してKOという流れ。

 

スタイルの選択力、切り替える能力は過去に比類するボクサーがいないほど特異的。

こうやって後から振り返って御託を述べるのは簡単。

だけど、リアルタイムでそれをやってのけるリングIQの高さと、明確に相手の嫌がるポイントを突き続ける性格の悪さは素晴らしい。

 

ボクシングはスイッチを使う選手が少ないけれど、スイッチは相手に距離やタイミングを掴ませない目的でやることが多い。

目先の切り替えで対応までの時間を延ばすイメージ。

ただ、クロフォードはそれとは違うように見える。

スイッチを頻繁に繰り返すわけではない。

最近はサウスポーだけで戦うことも増えた。

スイッチも距離の設定も、試して相手が嫌がればそれを続けて、相手が対応するなら切り替える、単なるツールの一つとして扱っているように思える。

それを可能にするのは、変幻自在にスタイルを切り替えるテクニックと、相手の弱点を明確に見抜いて攻めつづける性格の悪さだろう。