シャクール・スティーブンソンvs吉野修一郎 感想

シャクール・スティーブンソンvs吉野修一郎 感想

ボクシングというスポーツの正攻法はスピードとパンチ力なのだということを再認識させられた試合だった。
技術やメンタルや駆け引き無しでボクシングは成立しない。
しかしそれはスピードとパンチ力を備えた上で
の話だ。


技術のある選手が1発パンチを打つ間に3発相手のパンチを貰っていては勝負にならない。
相手よりも倍早いパンチでも、パンチ力が無いなら相打ち覚悟でブチ込めば勝負は決まってしまう。
そういう理不尽な競技なのだと。


日本人中量級の選手は、いつもこの壁にぶつかってきた。
東洋太平洋ではKOの山を築いたり、全く危うげのない選手が世界に出た途端に全く通用しなくなる場面を何度も見てきた。
その差は試合を見るだけで素人でも分かるほど、動きが根本的に違う。


日本人に多い軽量級ならパンチ力やスピード差で勝負にならないことは、そこまでない。
軽量級はパンチ力よりも人体の耐久力が上回るため、KO率があまり高くないからだ。
階級が上がれば上がるほど、人体の耐久力をパンチ力が上回るため、KO率が上がっていく。
そのため、階級が上がれば上がるほど、一瞬のスキや、それを狙う一発のパンチの重要性も上がる。
それを構成するスピードやパンチ力が勝負を決めるというわけだ。


吉野もまた世界の壁を超えることができなかったうちの一人だった。
戦ってきた相手は日本人では最高峰で、試合内容も文句無しという、国内で考えられる限り最も強い中量級王者と言って良い。
その吉野でさえ、スピードはおろかパワーでシャクールに全く敵わなかった。
ガードは固いが吉野が出すジャブが戻り切る前にシャクールのジャブを被弾し、ガードの外側からフックで体ごと揺さぶられる。
しかも吉野のパンチが手打ちに見えるほどパワーの乗ったパンチだった。
細かい技術や戦略の話をすることもできるだろう。
でも、今回の試合はそういう段階の話ではない。


村田諒太はマッチメイクの妙で通用していたように見えたが、シャクール並の選手と対戦することはなかった。
ゴロフキンでさえ全盛期からは考えられないほどピークアウトしていた。
じゃあ誰がこの壁を超えるのか、佐々木尽をその筆頭に挙げたい。
佐々木はパンチ力とパンチスピード、KOの嗅覚は一級品と言っていい。
それ以外の戦略やディフェンス技術、コンビネーションの組み立て等は国内でさえトップではないだろう。
しかし、そんなものは後から身に着けていけばいい。
まずはパンチ力とスピード。
これらはすぐに身につくようなものではない。
国内のトップクラスを薙ぎ払うようにKOできる佐々木なら世界の壁を超えられるかもしれない。
あとはスケールは佐々木に劣るものの、完成度の高さで佐々木に鑑賞した平岡だろうか。


今回の試合に似た直近の試合で、ティム・チューvsトニー・ハリソンがある。
トニー・ハリソンは僕の好きな選手で、パワーとスピードと耐久力以外のあらゆるものを持ち合わせた選手だ。
技術は一級品で駆け引きもうまい。
でもティム・チューにKOされてしまった。
部分ごとの駆け引きや技術戦ではハリソンが秀でていた。
しかし、ハリソンのパンチにパワーが無いことが分かると、チューが被弾覚悟で強引にパワー勝負に持ち込んで押し切ってしまった。
この勝負強さがチューの強みなのだと思わされた。
まあいつものハリソンの典型的な負けパターンでもあるのだが。


パンチ力とスピードのある選手が技術力のある選手にうまくしてやられることはよくある。
そんな場面は嫌になるほど見てきた。
それでも、ボクシングの正攻法はパンチ力とスピードなのだ。
とくに中量級以上は。
120kmのストレートでプロ野球のピッチャーになれる選手はほぼいない。
150km代は出すほうが良いだろうし、球速は出れば出るほど良い。
それと同様に、パンチ力とスピードは大前提で、ある程度は無ければほぼ通用しない。
駆け引きがそもそも成立しないからだ。
そして、パンチ力やスピードがあればあるほど良く、それが最高クラスなら、それだけである程度は成功できてしまうのがボクシングという競技なのだ。