ダメージが目的じゃないジャブ

ジャブはボクシングで最も多く使われている武器であると同時に、本当に多様な使われ方をしているパンチでもある。

最もよく見る目的で言えば、ダメージを与えることだろう。

全てのパンチは相手にダメージを与えるために打っている。ジャブも当然そうであるという見方は確かにある。

 

その他に分かりやすいところだと、距離をはかる。

視覚のみならず触覚的に相手との距離をはかることで、ストレートなどパワーを込めるパンチが最も威力を発揮出る距離をつかむ。

 

ポイントをとるためのジャブというのもある。

特にラスベガスだと手数重視の採点になりやすく、軽いジャブでも、ガードの上を叩いているだけでも、大きなダメージを貰わなければポイントが取れることが多い。

 

ここまでは分かりやすい効用だけど、スキルの高い選手はもっと分かりにくい使い方をする。

次のパンチを当てやすくするためのジャブだ。

たとえばガードの真ん中を軽く叩きながら意識を真ん中に向け、ガードの外側からガードをかいくぐるように打つ。

ボディジャブで意識を下に向けつつ、頭を叩く。

これらは別にダメージを与える必要がないし、何なら当たっていなくてもいい。

相手の意識を散らせばいい。

肩を叩いてもいいし、全く相手の頭と違う場所に無造作に出してもいい。

それらは本命のための布石たりえるのだ。

これらは一見すると無駄でダメージにもならないので、観客に伝わっていないことが多いが、こういう分かりづらいスキルを持っている選手は強い。

 

ここ5年ぐらいはロマチェンコの時代となっていて、ロマチェンコが多用することで流行った技術の一つがガードを引き剥がすジャブだ。

ガードしている相手の手をジャブや軽いパンチでずらしてから本命の強打を当てたり、相手のガードを腕で抑え込んで剥がしてから本命を打つ。

これは特にサウスポーが右手でよくする動きではあるが、ロマチェンコはその技術の幅を広げることに成功した。

 

単に早くて強いだけがボクシングではない。

こういう分かりづらいソフトスキルを持つ選手がいる。

ボクシングの奥深さを感じる。