カネロと井上、コンビネーションパンチの消失

最近のボクシングの傾向の一つにパンチの無駄打ちをしないというのがある。

というよりも、コンビネーションを打つリスクが高まっていると言ってもいい。

 

コンビネーションは本命のパンチを当てるために捨てパンチを打つということ。

予測できるパンチには対応できるが、見えないパンチには対応できない。

だからコンビネーションによって本命のパンチを隠してやる。

しかし捨てパンチのコストは決して安くない。

弱いパンチを打っている間にもカウンターのリスクはあるし、強引に強打で合わせられると相手のほうがより強いダメージを与えられる。

当然パンチを打った手で次のパンチは打てない。

何よりも大きいのが、捨てパンチ打つと次のパンチの威力は落ちてしまう。

一発だけ力を込めて打つのと、何発かの中で強いパンチを打つのだと前者のほうが威力は大きい。

このコストをどう捉えるか、というのが最近のボクシングで変わってきているように思う。

 

そもそものトレーニング方法や減量方法、ドーピングなども含めてボクサーのアスリート強度が高まったことで、パワーとスピードは高まっている。

しかし人体の構造上の強度は変わらないので、耐久性に対して攻撃力の比率が高まった。

ということは、不用意にパンチを打つことのリスクが高まっているということになる。

ヘビー級のボクシングはその最先端なのだが、耐久性と攻撃力の比率が極めて攻撃力に寄っていると、手数は少なくなるし、コンビネーションも減る。

この傾向が下の階級でも起こっていると言える。

 

カネロはジャブを駆け引きのために使わなくなってジャブの差し合いをほぼ捨てているし、井上も軽いジャブで試合を組み立てたりはしない。

そんなことをするなら、一発強いパンチをぶち込んでしまった方が良いということだ。

 

その先の技術として、よりコストの低い駆け引きとしてフェイントを使う時代になってきている。

パンチを打つのはコストが高いが、フェイントは手を出さないのでよりコストが低い。

そして強打者は相手にプレッシャーを与えることができる。

カネロのやっているボクシングは、個人的にはアルツールアブラハムの進化系に見える。

はじめから差し合いを捨てて強打だけをいかに打ち込めるか。

そのためのプレッシャーの掛け方、フェイントの掛け方、パンチの種類。

タイプは違うけれど、井上やデービス、テオフィモロペスもこのタイプのボクサーだろう。

 

それとはまったく別の方向性に、さらに捨てパンチを有効に使うロマチェンコやウシクがいて、それとは別の方向にクリンチ際で駆け引きを殺すジョッシュテイラーやタイソンフューリーがいる。

どの勢力が勝つのかは分からない。

ざっくりと眺めていると、ボクシングの技術が向かっている方向性のようなものが見えてくる。