ガベージイン ガベージアウト 質の低いコンテンツを見てはいけない

ガベージイン ガベージアウト 質の低いコンテンツを見てはいけない


データ分析で古くから言われてきた言葉に、「ガベージイン ガベージアウト」というものがある。
ゴミデータを分析してもゴミデータしか出てこないという意味。


人間はある種の箱である。
情報を入れたら、中で過去の記憶と入力された情報を切り貼りして、何かが出力される。
出力されたものを成果と置き換えても良い。


良い成果を上げるには大雑把に2通りのやり方がある
1. 箱の性能を上げる
2. 入力する情報の質を上げる


箱の中に他の人と変わらない情報を入れても、素晴らしい出力がされることもある。
これを天才というのだろう。
だが、これは文字通り天から与えられた才能であり、基本的に箱の性能はコントロールできない。


そうなると、我々は箱の性能が良いと信じて他人と変わらない情報を突っ込み続けるか、もしくは入力される情報の質を取捨選択するしかない。


そして、情報の質を上げるとすると、質の低いものは一切入れるべきではない。
箱の性質から考えて、質の低いものも、高いものも、まとめて出力されると思っていい。
中で都合よく質の低いものをフォルターして、良いものだけが使われる、と考えるのは間違いだ。


ゴシップに触れれば、ゴシップに近いものが出力される。
大衆の時事的な怒りに触れれば、時事的な怒りが出力される。


自分の望む姿と違うもの、言い換えると質が低いと考える情報には、触れてはいけないのだ。
下らないと思いながら見ていても、我々の箱は下らない考えに侵食されてしまう。


質の高いもの、それが何であるかは人によるが、質の高いものを全て消費し尽くすだけでも、人生の持ち時間は恐らく使い果たされることだろう。
そう考えると、質の低いものに費やして良い時間など、1分たりともないのだ。


ハンマー投げ室伏広治は父から下手なフォームは見るべきではないと教えられ、試合で同級生の投擲を見ることなく背を向けていたそうだ。
我々も若き日の室伏広治と同様に、あるいはさらに注意深く、入力される情報の取捨選択をしたほうが良い。

 

実のところ、世の中の天才と呼ばれる人たちは、神話として箱の性能が良いと語られがちであるが、実のところは情報の取捨選択がうまいタイプが相当数いるのではないだろうか。

 

 

「人はあまりにもつまらぬものを読みすぎているよ。

時間を浪費するだけで、何も得るところがない。そもそも人は、いつも驚嘆するものだけを読むべきだ」

ゲーテ